孤独に生きてるけど与えられないというのは一番辛いと思う。

僕は物凄く孤独に生きてる。

 

孤独なあまりに周囲の人間なんて知らないから今の僕がどれくらい孤独なのかよく分からない位には孤独だ。

 

僕がどういう人間なのかは特に一番過去の記事から読んでいただければ嬉しい分かると思う。

 

具体的にどれくらい孤独であるのか説明すると

 

・←これを僕とする。

 

〃←そしてこれが家族である。

 

・                            〃

 

これが僕の全てだ。

 

今までにお世話になった人とか関わってきた人は沢山いるんじゃないの?

 

そういう言葉をかけてもらうと少しだけ僕の孤独が和らぐ

 

確かに感謝してもしきれないほどに人にはお世話になったしそして感謝は満足にしてこなかった。

 

これがどれほど孤独なのかは僕は良く知っている。

 

孤独というのは感謝を忘れた状態だと思っている。

 

ありがたくてたまんねえぇ!ってとき孤独を感じる機能がストップしているのではないかと思う。

 

感謝もいいけど感謝される事したい。

 

例えば

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 こういう地味な活動をしたりするがどうせなら目の前に人がいて相手の喜ぶ顔を見ている時の湧き出てくる豊かさにかなう感覚ってなんだろう。

 

例えば僕の陰徳が削られていく親の手伝いをしてお駄賃貰ったりして洗濯して料理作ってお使い行って、少しだけだけど俺いい奴じゃん穏やかな気持ちになれる。

 

人のつながりが多ければ多いほど頼まれる機会は増えてくだろうしよっぽどこき使いやがってと思う憎たらしい奴じゃない限りは喜んで受け入れる人間であればどれほど毎日が充実するんだろうとボッチの僕は考える。

 

人の為、それはまわりまわって自分の為、社会で役に立っているという感覚はものすごく大事だと思うんだ。

 

働けやゴルァ!とかそういうのが言いたいのではなくて人の為を思ってる時は自分の為よりも力を発揮する。

 

孤独な僕だからいうけど孤独を極め孤高であろうとしても存在意味に気付けなくなった時にどれほど自分のやってる内容が一般人離れしていたとしても空虚なだけなんだ。

 

孤独だから気付けるのかもしれないと少し自分を誇りに思う。

 

一人でいるのは悪くはないが僕にはいったい何が出来るのだろう。

 

そこで行き詰るたびにこれが孤独の限界なのだと気付かされるから孤独なりにどうやって貢献しようかと考える。