生きている理由が時々分からなくなるので考えてみた。

なんで生きているんだろう。

 

昔からこの手の悩みはありふれていたと思うが一昔前まではみんな結婚してるし常識には従って生きていけばなんとかなってきたと思う。

 

食うだけで大変だったから家族の為だとか必死に生きるので精いっぱいだっただろう。

 

今でこそ結婚はしなくてはならないものではないし常識だって多種多様にこれこそが常識と呼べるものもなくなってきた。

 

もはやレールに従って生きていればそれでお腹いっぱいと思えなくなってきている。

 

それぞれに社会という歯車の中にいながらも自分って何だろうと考えるだけの余裕が生まれている。

 

何のために生きているのだろうか?

 

お金の為?

お金は大事である。

 

これは誰も否定できない。

 

世の中で最も信用されているはっきりとした価値のある代表物だ。

 

これさえあれば大体の事は出来る。

 

というかこれがなければ現代で現代的生き方は出来ない。

 

勿論お金があればその人の生活は裕福になり幸福感も得られる。

 

平均的市民と比べて富裕層は幸福感が高い傾向にある。

 

ただし、割合が数割増えた位でお金があっても幸福を感じていない人間がいるのも事実みたいだ。

 

誰かの為?

私はあの人の為に生きている!

 

こう言いきれたら爽快だ。

 

意識が自分でない何かに向いてる状態っていい方向に向かってるとすごく楽だと思う。

 

自分が思うのは自由だけど相手としてはどうなのだろう?

 

世の中受け取る能力の高い人だけではない。

 

喜んで渡したものを喜んで受け取ってくれる以上に求めるものはないのだが渡したものを喜んでくれるとは限らない。

 

中には遠慮する人がいて最悪嫌がる人もいる。

 

また、渡すからには無償ではなく裏で何か期待してしまうのが人間ではないだろうか?

 

単純に現金渡すだけでも大半の人は喜ぶと思うけどそれを意味なく実行する人なんてまずいない。

 

見返りがないとそれで満足できるだろうか?

 

自己満足?

気持ちって大事だと思う。

 

とりあえずありがとうってそう感謝の気持ちを持っているだけで幸福感を味わえる。

 

目の前の出来事は全て幻想でありどう受け止めどう世の中に色を付けるかは自分次第だ。

 

とか言いきれたらかっこいいんだけど金ない、飯がない、服もないなんて追い込まれたときに幸福を保てるだろうか?

 

もはや悟りの境地だと思うのだが無条件に満足するにはハードルが高すぎる。

 

結論

やっぱりバランスが大事だと思います。

 

衣住食あって選択の自由があって感謝の気持ちがあればそれなりに生きていけます。

 

運が良い事に私たちはかなり恵まれた日本という国に生まれてきているので安心安全はかなり保障された上に衣住食に困ってのたれ死ぬなんてのもありえません。

 

選択の自由は何とも言えませんが心の在り方にはいくらでも自由を持てるのでどんな生き方でも心次第では可能になってしまえるのではないかと最近は考えています。