精神を壊す人は感謝が足りてないのかもしれない理由。

私が一番大事にしている言葉があります。

 

ありがとう。

 

皆さんは一日にこの言葉を何回使っていますか?

 

言われる相手はもちろん言う立場だって心地よい言葉です。

 

なぜ感謝が大事なのか?

人という文字について人はお互いに寄り添い合って生きている形なのだと聞いたことがあります。

 

ただ何となく一人でもいいやって生きていると存在理由が分からなくなる時があります。

 

その時に同じ環境を共有し合ったパートナーや仲間がいるとお互いに生きているという証が存在します。

 

自分を認識してくれる誰かがいてこそ初めて自分が証明されるのを実感します。

 

よりよく生きるのであれば多くの人に感謝を伝えるのが良いでしょう。

 

感謝する人は好かれます。

 

では仲間やパートナーがいない独り身の人間に感謝は必要ないのではと疑問があるかもしれません。

 

結論は独り身だろうと関係ありません。

 

独り身でも孤独ではなくなる唯一の方法が感謝だからです。

 

相手がいなくても自分という魂が存在する限りは心の中に神みたいな存在がいます。

 

その神様に毎日感謝していれば孤独なんてなくなります。

 

今日一日無事だったとかいい天気だとかゴミの少ないきれいな街(日本は世界的に街の清潔感が桁外れです)だとか感謝は日常にありふれているからです。

 

感謝するとは自分の心に栄養を与える行為です。

 

感謝は気持ちより形にして表したほうが大事。

気持ちが追い付かないで言い表しても良くない。

 

そう思ってはいませんか?

 

そんな事ありません。

 

ある人は会社でモラハラ上司に悩まされていました。

 

ある日その上司にいつも感謝していますと伝えたそうです。

 

そうすると上司の態度も変わってうまくいくようになりました。

 

どうしてもうまくいかない人は6%存在するので感謝でなんでも解決とまでは言いません。

 

ただ、感謝をするなら気持ちよりは形が大事です。

 

最近は日本人でも恋人に愛していると伝えるアメリカンな人が増えているそうですが、対人関係希薄になりつつ現代だからこそ感謝の気持ちを直接伝える必要性が高くなっているのではないかと思います。

 

言葉にしなくても分かるだろうなんて思っている人は近くにいる人の考えている事を当ててみてください。

 

本人すらよく分かりもしないものを理解できるはずがありません。

 

形になってこそそれだけが現実なのです。

 

心の中で意味もなくいくらでも唱えてみる。

仏教にはお経がありますね。

 

あれは意味を理解して唱えているというよりまずは形から入ります。

 

慣れてくるとその意味を理解する段階に入るのだと思いますが例えば南無阿弥陀仏という短い有名なフレーズでは意味としては私は阿弥陀様になるのだ!とかそんな感じでおまじないに近いです。

 

あれこれ考えるよりも私は仏であると思うのが極楽浄土への道であるという考えでしょう。

 

ありがとうという言葉もお経感覚で唱えてみるのがいいです。

 

直接やってると人の目からは気味悪がられるので心の中で何千何万回と唱えるだけでもいいです。

 

すると奇跡が起こるそうです。

 

すくなくとも唱えている間は苦しみから解放されています。

 

言葉は言霊であり力がこもっています。

 

吐き出した言葉はそれに見合った環境を引き寄せます。

 

私はこの日数千回は散歩中に唱えてみました。

 

いつもより気分がいい日でしたね。

 

誰でも幸せになる方法があります。

 

それはありがとうと言っているその瞬間です。