より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

批判が気になるあなたへ。

どこに行ってもどんな人でも批判を受ける。

それなのに批判に苦しんでいる人とそうでない人がいる。

批判に苦しむ人は自ら批判を探している。

批判なんてあって当然だ。

誰に何と言われようと聞こえない、馬鹿らしいとあしらえるだけの度量がないと世の中疲れる。

意見を聞くたびにあっちに行ったりこっちに行ったりめんどくさい。

どんな人間にも批判者がいるのと同じくどんな人間にだって支持者がいる。

たとえ何億もの支持者がいたとしても一人の批判者に打ちのめされていては生きられない。

芸能人なんてまさにそうだ。

 

多くのファンを抱えると同時に同じくらいの批判する人間を受け流せるくらい強くなければやっていけない。

ファンを省みずに批判する人間を減らそうとすればファンも失いかねない。

嫌われていい人間になら嫌われていいのだ。

自分が良しとしない人間に好かれるとは自分もまたその良からぬ人間と同類なのだから。

その代わりに好かれるべき人に好かれていればいい。

好かれる人がいないのなら1人で自分の道を進めばいい。

本気で自分が正しいと思っているならその支持者は必ずいる。

一番警戒すべきは常識を持ってくる人間だ。

不変の常識は存在しないし、場所によっても傾向が違う。

常識とはホームに従えということで気に食わない人間はアウェイすればいいのだ。

常識を説いて自分を否定する人間がいた場合はその人間を見るといい。

発言元はどんな人間なのか、その対象が自分の意にそわない人間ならなおさら軽蔑するような人間のいう事は聞いてはいけない。

いっそのこと全世界を敵に回してもいい。

人間は1人なんだ。

誰一人として同じ人間はいないのだ。

その尊い存在を否定するのは身の程知らずといったところだ。

それでも体臭が酷いとか最低限のエチケットを守らなければ不必要に疲れるのは自分自身だろう。

場合によっては自分にプラスであればあえて従ってもよいのだ。

逃げるのは前向きな手段。

この世の中に人間がいる限り、お互いの正義が衝突しあい、休まる暇もない。

そういった意味では地球上に最高の空間は存在しない。

だが、最良は望める。

その最良を目指すか目指さないかは人それぞれだ。

嫌な環境を変えようとするくらいならいい環境に行ったほうが早い。