より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

身近にいる人のいい所って一番分かりやすそうで分かりにくいんじゃないかな

僕の周りには多くの人がいて僕以外のあなただって思うよりずっと多くの人と関りを持ってきているはずだ。

幼いころは自分中心に世界が回っていてその中の主人公なんだって思っていたけれど思ったより自分って70億人の中にありふれた一人なのかもしれないって考えるようになった。

そしてその70億人の一人である一人一人は僕の目を通せばとても薄い存在なんだけど実はとてつもなく大きな一人で、今思えば偉大な人たちなんだって。

子供のころはみんなそこのところ分かってるから譲ってくれて好き勝手出来た。

小学生の先生だか中学の先生が言ってたな

守ってもらえるのは今だけ

だってさ

そんなわけないじゃんって思ってたのに今ならなんとなくわかるんだ。

勿論今だって迷惑をかけるんだけど、その前にそう出来ないんだ。

それはなんといえばいいのかわからないんだけど確かに責任感という重りが過去最大級にずっしりときている。

一歩踏み出せば誰も守ってくれない。

寂しいようだけどそう思える。

それ以来僕も70億人の内の1人になった。

それでも色々と話せばめんどくさい特別だと思ってた悲劇とか喜劇とか数えきれないくらいにあった。

その冒険の数々は時間とともに薄らいでは冒険しなくなって徐々にだけど冒険をサポートする側に回らないといけないのかなって。

冒険をサポートするよりもっと冒険したいんだよ。

そういうの考えて頭がめんどくさくなる前にもっとたくさんの冒険が出来ただろうからまた年を取ってあの時ああすればよかったってならない為に今のうちにあたらしい冒険してみたいなって逆に考えたりする。

その上で責任もって大人としてこれからを社会のルールに従って振舞わなければならないからそれがちゃんとできてるってだけでもものすごい大変なんだって初めて気づいた。

大人たちって自由で楽でしょ?

だから早く大人になりたいって思ってたけど大人には大人の縛りがあるんだって知らなかったよ。

たぶん言葉で聞いても理解しようともしなかっただろうな。

なんでこんな話脱線してるかっていうと、当たり前って本当は大変なんだよって言いたい。

人によっては楽にこなしてるかもしれない。

けどそれこそすごいでしょ。

人がやってるのを見てなんでも簡単そうに見えてしまうってよくある。

だけど実際やってみてその通り出来るってなかなかだよ。

そのなかなかって部分を理解できないでは人の好さって分かりにくい。

実際にあっても目に見えないって結構ある。

意識しないと見えなくなってしまう。

目で見てるのが全てじゃないんだ。

心で感じ取れなければ意味がない。

そう思うんだ。