より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

寺田心君はなぜ嫌われる?何故だか嫌われてしまう人のメカニズム。

何故だか嫌われる人の筆頭として知名度の高い心君を例に挙げましたがその他の子役の多くは大人になってからいじめを経験したなど子役当時の体験談を話しています。

あのどっしり構えている坂上忍だってそれを経験しているみたいですから人間分かりませんよね。

ではなぜ反感を買ってしまうのか、その原因は本人たちが悪いのでしょうか?

まず心君はテレビで父親がいない事を発言しています。

 

母子家庭ってどんな生活なのか僕には想像できないのですが稼ぎ手が一人で子供の面倒見ながら働くって大変だと思います。

そこで子供自らがお金を稼いでくれたら母親としてはどれほど助かるのでしょうか?

それを考えただけでも父親不在で笑顔を振りまいて苦を見せない心君がいかに偉大なのか心君の年齢だった当時の自分を振り返るとすごいと言わざるを得ないですね。

なぜ彼が嫌われるのかバックグラウンドを想像してしまう僕には少し難しい感覚です。

坂上忍も莫大な借金を返済するためにやりたくもない子役を頑張っていたそうです。

心君自信に僕は何の問題点を感じなかったので今度は嫌う人に焦点を当てて考えてみます。

心君を嫌う人とはどんな人でしょうか?

心君と言えばとても賢い言葉遣いにいつもニコニコしてるイメージですよね。

多くの人は心君ほど言葉遣いが綺麗ではないですしあまりニコニコしませんし年を取るにつれて楽に生きる処世術として無意識に多くの純な感性を捨てている事でしょう。

相対的に対照的となってしまうのです。

 

人間は自分とは違う性質を淘汰しようとする性質にあるのを感じます。

この場合、心君を嫌う人は自分の影を見ています。

恐らく自分の捨てた性質を直視するのがまぶしすぎるのです。

自分が楽に生きるための手段は実は間違っていたのではないか?

それが頭をよぎる前に拒絶します。

光を陰に当てると影が薄くなります。

その様に存在が小さくなることを恐れ、「自分を見てくれ!」という叫びが光の否定なのです。

心君を光に例えましたが、ただの対象を用いた例えです。

しかし影を用意したのはどちらかというと性質が影に近いからでしょうね。

その性質の人は口から出る言葉にとげがある物が多いです。

結果的に世の中にあふれる悪口などは光の性質の人間よりはるかに影の性質であふれかえることになります。

誰しも特徴を持っていますがそれを否定するのは影の人間です。

これが正しいというのはありませんけど良し悪しを勝手に付けているのは影の仕業ということになります。

そうなるとその対照である光性質は拒まれる対象になりがちだということです。

光性質でありながら影を避ける手段を上手く身に着ける人もいます。

自分を抑え込む、あえて下に見られる立場として反感を買いにくいキャラを定着させるなどかなり気を使ってるみたいですけどね。