より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

オナ禁130日目 オナ禁なんて大それたものではない。

気付けば130日。

まあやってみてそんな特別感とか感じることもない。

自分なんて一般的な満たない一人の人間だし。

でも変わったというか戻れた。

 

小学生の頃の様な曇りの少ない純な自分に。

そういえば楽しい時代はいつだったか考えると小学生の時がピークだったな。

自分の感情に素直でやりたいことには一生懸命で人の事をちゃんと見ていたし色んなことに興味を持った。

目の前の石を蹴り上げながら家までドリブルして帰るとかマンホール見つけたら絶対に踏んでいく自分ルールとかどうでもいいことを楽しんでいた。

空は何で青いんだろう。

なんで大人はつまらなそうなんだろう。

だけどたまに子供みたいな大人がいてとっても楽しい。

この人とつまらない大人の違いって何だろう?

皆さんは気付きましたか?

 

当たり前な事を当たり前に生きていれば息詰まるほど苦しい事なんてそんなにないと思う。

それを忘れていただけかもしれない。

今日はこんなことをしたよな。

明日は何をしようか。

昔の知り合いはどこで何をしているのだろう。

また昔みたいに遊べないかな。

こんな当たり前な事をいつの日か失ってしまった。

とても大切な物を。

失うのは簡単だけど取り返すのはとても難しい。

取り返したつもりでもその何パーセントしか手元に残ってないのかもしれない。

生きるのは苦しいけれどその苦しみの中で美しく生きたい。

この願いは苦しみの中で見つけるとしよう。

だけど勘違いしてはいけない。

苦しみは世の常であるが美徳ではないから勘違いして苦しみにおぼれたりしてはいけない。

流れる様に身を任せてあくまでもその経過地点に過ぎないのだ。

今までに手放してきたものを取り返すためならどんな試練だって受け入れよう。

 

オナ禁生活について得たい情報が得られなくてとても残念に思ってるかもしれませんが言葉で伝えられるものではありません。

自分の身で実感していくつもの壁を乗り越えてその先にあるものは人それぞれですが目指したものに前進している限りはいつか光を目にする時があると思います。

目の前の出来事は全て自分の巻いた種ですとブッダが言っていました。

目を出すまでにどんな事が起きようと自分のまいた結果は必ず後になって現れます。

自分は思えば悪い種ばかりを巻いてしまった。

無意識とはいえこの種の回収は簡単ではない。

だけど良い種をまき続けていればきっとそれは芽をだしていずれは大きな巨木になるでしょう。

それまでずっと良い種をまき続ける人間でありたいです。