より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

感謝しない人間が得られるものは何もない。不幸を嘆く前に己の利己的主義を嘆け。

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僕の親はとても不幸な顔をして過ごしている。

子供からは相手にされず、いうことは何でも聞くが、自分から相手にすることは何もない。

ひたすらまじめに働いて人の言うことを文句ひとつ言わずにやってくれる都合のいい人間。

報われてない。

とても言いにくいのだが、親は新興宗教の信者だった。

思うのだが人間を信じられたら神は信じる必要がないんだ。

何か言ったら高確率で相手の否定する言葉が飛んでくるが自分の物差しからはみ出る対象を受け入れるつもりがないらしい。

おそらく、いい人でありながら人には普段から感謝というものを感じないで生きているように思える。

僕は親から無償の愛とやらは感じたことはない。

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彼らは僕の存在にそこまで感謝しているようには感じられなかった。

そして僕自身も親への感謝なく育ち、人に対して感謝の欠落した人間として育って、結果的に悩みの多い、ネガティブな生活を送ってきた。

感謝というものを知っていればその様な生活とはだいぶ違うものになっていたであろうと思う。

人を観察していると、感謝のできる人間にはより良い人間が多く集まり結果的に幸せに過ごしている様に見える。

感謝のできない人は大体孤立を深めている場合が多いのではないだろうか?

また、少ないグループに属している人は結束が強く感じる。

1人1人の存在が少ない分尊いのだろう。

だから1人当たりの対象に向けて感謝の度合いが強く、結果的に団結してしまう。

ということは感謝の度合いが大きければ大きいほどにそれは自分の器となり、多くの者がその器に収まるだけ集まってくる。

自分の慕う人は少なからず他の多くの人にも慕われている。

では自分の利益のために感謝すればいいのか?

それは半分正解かもしれないのだが少し違うのではないか?

利己的であることありきで考えるようになると見え透いてくる。

行動は大事だが、無理してまで利己的な感謝を追及すると拒絶されたときにダメージが大きい。

あくまでも自然に感謝する感じを身に着けるといったほうがいいのではないか。

感謝するのは当たり前なので拒絶されても何とも思わない。

それでいいと思う。

日ごろから感謝を心がけてみてはどうだろうか?

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