より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

オナ禁110日目、その効果は?

気付いたらオナ禁110日経過してました。

序盤の継続の苦しさみたいなのは消えて本質的に物事を捉えるようになって、すでに頭の中にはオナ禁継続という意識はないのかもしれない。

これこそがオナ禁の真の効果と呼べるのではないか?

やっ健全体となった気分だ。

女の事は頭に殆どない。

考えてみてほしい。

自分の求める人間は一人でよくはないか?

普段生活していて運命の人にしたい人間はそう簡単にいないのではないか?

少なくともここにいるストイックを目指そうとする人たちは妥協なんて一切したくないと思うのではないかと考えているがどうだろう?

純粋に聞きたい。

さて、こんな事より気になるのはその具体的な効果、特にモテ効果を求めているのであろうから期待にお応えして結果を発表する。

「なんかモテ始めたんじゃね?」これが今の所の意見。

すれ違う女性が次々と髪をかき上げるしぐさをするのだがその光景は見ていて面白かった。

本音こそ聞いてみる他確実に知る手段はないものの相手の反応はまずまずかと思う。

それになんというか自信もついてきた。

女性に対しての罪悪感というか後ろめたさを背負いながら生活していると「お前は何なんだ」と思われかねない。

そういうのがなく、堂々と清楚な人間でいるのでなんとも相手に気負いすることが何一つないからこちらから自然体で切り込める。

女性を人間として扱えるのは喜ばしい事だ。

それが伝わるので女性にも安心感を与えられているのではないかと思う。

こんなところだ。

女性と実際に接触する機会はない。

自分の目的は頭の活性化を狙って行っている。

なので自分磨きの支障は出来るだけ取り除いたほうがいいと思っている。

あまり下手なことはしたくないのだ。

女性関係が絡むとうまく行っていた物事がすべて台無しにされてしまうなんて歴史をいくつも知っている。

理性を保つために異性の誘惑を断つのが大事だと感じている。

オナ禁一年継続した時に感じたことだが慣れてくると逆に異性という存在の殆どが忌々しく感じられる。

その時にはほとんどの人間は自分とつり合いが取れなくなってしまっている。

真に魅力的な人間以外には眼中に入らない。

そんな生活は楽しくないとでも思うのか?

俺は思うぞ。

本来異性との関係など脳内の快楽物質に侵されているだけで本質的に楽しくはないと思う。

友人は同性同士が多いだろう。

友情とは同性の中でしか生まれない。

なぜなら同性相手にする時と異性とでは使用している脳が違う。

異性を相手にした時の男はすでに病に侵されている。

侵されている人間は自分が病であることに気が付かない。

その自覚を得るためには病から抜け出すべくオナ禁するしかないのである。

こんなに楽しい事はないぞ。

異性さえいなければ世の中もっと豊かなのではないかと思っているほどだ。

興味の幅が間違いなく広がり見える世界が広がる。

今までに生きている世界がどれほどに小さいのか実感する。

世の中の仕組みが知りたくて何かの研究に没頭するかもしれない。

どうすれば世の中の役に立てるのか考え慈悲の気持ちを習得した頃には素晴らしい人間となっている事だろう。

人の役に立てるほどの心地よさは他に存在しないと思っている。

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