より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

人を幸せにしない学校。

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確実に言えることがある。

学校の勉強を極めても何物にもなれないし幸せにもなれない。

競争が生むのは更なる競争で会って永遠に終わらない。

その戦いの中で得るものは魂の入らない機械的な物。

こうなりたい、ああなりたいという意見は学校側は求めていない。

偏差値だ、点数だ、目に見える結果を!

それを求め続けて得るものはどんなものなのだろう。

見せかけの結果、紙切れに書かれた評価。

それが全てなのか?

社会を知る機会や人との繫がり、独創的な発想を培う期間を型にはめる為の無機質な教育によって無限大の可能性に雑草を生やしてしまっている。

最近の子供たちの夢は「サラリーマン」だという。

ビックリした。

バカをつくる学校

バカをつくる学校

 

人を助けたいとか幸せにしたいとかそういう目的がそこにはあるのだろうか?

サラリーマンだって別に構わない。

ただ、夢というには何か突っかかるものがある。

周囲の人間からの圧力で押し付けられてる面があるのではないか?

俺の友達は幼稚園児の時に漁師になりたかったそうだが幼稚園の人に否定されその夢を潰されたという。

その友達はものすごく魚が好きだ。

漁師でなくとも魚関係の仕事に就くならいくらでも方法がある。

サラリーマンとは目的のない人間の行き着く先だと自分は思っている。

愛する家族がいればいいとかそいう言う考えがあるならそれはもっともだと思う。

だが、ドリームキラーの影を感じずにはいられないのだ。

もしかして他の職業を知らなすぎるのではないか?

勉強の多くは役に立たないのだから仕事の多様さを知れば無駄な勉強をせずとも好きな職を目指すことが出来るはずだ。

そんなに世の中にはやりたいと思えない仕事ばかりだろうか?

100人のうちほんの数人でもやりたいと思える仕事があったとする。

他にもそのように一部の人間がやりたい仕事があってと考えてゆくとサラリーマン大国の現状は少しでも解消されるのではないかと思ってる。

日本では4人に1人が自殺を考えたことがあるそうだ。

考えられるか?

死にたいというレベルを超えているからな。

それだけの人間がいながらそういう人を助ける仕事をしたいと思う人は4人に1人もいない。

死にたくてもサラリーマンになるしかないのではないか?

人のためを思う仕事というのが減ってきているが、人のためにない仕事というのは健全なのだろうか。

仕事とは一番の目的はお金のためとして、二番目にやりがいではないのか?

二番目とはいえ、ないがしろにしてはならないと思う。

二番目が存在しないから金を作ればそれでいいと強制されているのだ。

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