雑記マスター

自分はお金持ちになる運命にあります。来年内に億単位の金額を手にします。

一人になれないやつは誰一人だって通じ合うことができない。

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人に合わせてばかりで自分を持っていない人。

人に合わせることは円滑な人間関係を築くためには有効な手段となる。

俺が言いたいのは自分を捨ててまで人に合わせる人間だ。

合わせるを通り越して責任すら放棄してしまっている。

人と戯れている時は孤独を感じないのかもしれないが、ちりじりになった後にどれだけの人間が自分の事を考えてくれると思うか?

軽くて無属性のどこにも引っかからない人間になるぞ。

 

さて問題だ。

人に合わせてばかりの人間はその合わせる対象の一人一人に対してどのような感情を抱いている?

そしてどれだけ相手の事を一人の時に考えるのか?

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それが自分が相手から思われている事に近くなるはずだ。

どうでもいい付き合いからはどうでもいい物しか生まれない。

最近はSNSなんかで友達数百人だとか持っている人間に疑問を抱く。

その人間の中に目障りな人間はどれだけいるんだ?

人が持てるだけの情は限られている。

5人が限界だそうだ。

恋人は2人以上と考えればよい。

それを無理やり広げるとその分だけ一人一人が薄くなってもはや存在を認知できるか出来ないかレベルになってくる。

その一つ一つの粒が集まって満足するのか?

俺は霧にまみれるよりもちゃんと手元にある確かな水のほうがいい。

霧にまみれている人間は水の味が分からなくていつだってのどがカラカラだろう。

湧き出てくる天然水を探し求める苦労がなければ定期的に訪れる霧を追いかけては見放されれば良い。

思うのだが、友達がいないこと、友達が少ない事は恥ずかしい事ではない。

恥ずべきは友達を軽く見る事ではないのか?

俺はそれを友達と呼ばない。

かといって友達という概念そのものを否定するのも変な話だ。

友達がいなくていいと思うならそれはそれでいいし問題ないと思ってる。

だがひねくれて友達という存在を甘く見てはいけない。

素晴らしい人の周りには必ず人が集まってくる。

意外な話だが孤高な天才はほとんどいない。

天才はとがっている分だけの欠点がありそれを周りが補ってくれるからこそ成功できるのではないかと思う。

友達のレベルは自分のレベルだと思ってほしい。

周囲の人間は自分そのものなんだ。

素晴らしい人間には素晴らしい人間が集まってくる。

何も持っていない人間に対して何もかも相手がやってくれると思うか?

メリットがないじゃないか。

人間関係はメリットだと思う。

相手に与えた分だけのものが返ってくる。

中途半端をばらまいて真面目に受け取ってくれる人間なんてほとんどいない。

得られるものに期待してはいけない。

中途半端になげた気持ちの入らない玉なんて相手にされないか中途半端に投げ返されるだけだ。

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