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ひとりでも割と平気で生きている

一人で出来る事を追求しています。映画や小説など新しい何かに触れて新鮮さを大事にしてます。アマゾンアソシエイト参加してます。

社会からはじかれた人間に愛を。

気づけば俺は18歳だ。

18歳か。

想像もしたくないので18になった今でも自覚したくもないのだがどうやら時間はこちらの都合を考慮せずに勝手に動くものらしい。

めんどくさい。

というのは18になれば選挙に参加できる、つまりは社会人としての仲間入りだ。

とても気持ちが悪くて寒気がする。

なんで社会人なのだ。

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社会に進出しなくてもいいのは俺の問題だが社会とやらの曖昧で身勝手なコミュニティーは社会に溶け込まない人間を掴んではこちらの世界を壊そうとする。

振りほどけども振りほどけどもキリがない。

外へ外出すれば社会という視線で監視される。

どこにも逃げ場がないのだ。

何も考えてない連中は社会の犬なのだろうか?

どいつもこいつもテンプレ反応ばかりするので気味が悪い。

こんなとこにいてたまるか。

こもりきっては好きなことをする。

俺は人間嫌いではないが嫌いな人間がほぼすべてなので限りある好意を抱く対象として間接的に作品を通して人と触れる。

なんて癒される時間だ。

苦手な人間相手にしなければならないくらいなら理想を求める同志と間接的につながりを感じられたらそれでいい。

たとえこちらからの一方的な興味だとしてもだ。

こっちの世界は単純すぎて爽快だ。

嫌なら触れなくていいし、簡単に何でも交換できてしまう。

我慢なんてしなくてもいい。

楽しいかつまらないか飽きるかそれだけだ。

一番の苦しみは退屈だが退屈を意図的に作らないようにしている俺にとっては退屈とはつまらない作品に触れてる時だ。

作品を読み取りながら脳内ではもやがかかった脳内をうまく思考回路を繋げるための休憩時間として同時に機能させる。

一度頭に入れてしまえば勝手に頭が整理してくれるみたいだが、何もしないのではいざ頭がまとまったときに習慣がなくなってしまえばそこで退屈が生まれてしまう

から何かしらの作業を怠らないようにしている。

どうしても調子が悪い時は楽な事でも何かする。

癒しのための作業だって全力でする。

ただし、決して嫌なことはしない。

俺はとても素直な人間だと思う。

それが社会では不適合とされるらしい。

それなら言いたい。

それは社会がいけないのであって俺は人間として不適合ではないので存在していいことになる。

しかしタブーとされているので冗談でも口を固く閉ざすほかにない。

たまりたまった感情をネットが発散できる場所となっている。

ふざけないでくれ。

どこまで押しとどめたいのだ。

少数派を自覚して多数派に譲渡することがあっても度が過ぎている。

俺が譲渡するのは多数派に合わせるための自由だ。

そもそも自由を失い自ら進んで縛られているのは多数派なのだから俺は悪いことをしていない。

くそったれだ。

誰も見なくていいが干渉してくるならナイフではなくて愛を。

心臓をえぐるように突き刺す非情なる感情はうんざりだ。

俺は怒っている。

なぜなら好きなことをしているだけなのだ。

好きなことができる立場にいながらそれができないだなんてどうにかしている。

仕事だって好きならすればいいし必要ならすればいい。

だが必要がないのにする必要を迫られるのは意味不明だ。

そう思っているのになぜだ?

意識を彫り込まれているせいで楽しみに罪悪感を覚えている。

罪悪感ってなんだ?

別に悪いことしてないだろ?

何がどうなってんだかこの薄汚い空気が嫌いだ。

俺のいる空間以外は消し飛んでしまえ。

そうすれば平和が訪れる。

地獄に突き進むものとその場で待機するものと地獄へ道連れに強引に連れ去ろうとするもの。

地獄へ行きたくないから必死に抵抗する。

俺は俺を守るために他者から変な人間だとか思われても自分の信念を貫き通す。

絶対に下らないきれいごとを並べる偽善者や夢を捨てた飼い犬になどなり下がらない。

これは社会への反骨心だ。

向こうがこちらを刺激すればこちらだって相応の反応を示す。

何をしようが無駄だ。

俺は一層殻を深く閉ざせばいいだけなのだから。

刺激すればするほどに。

誰の手も届かない場所にいて構わない。

上から見下ろしてやる。

俺がそう思っていればそれでいい。

 

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