より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

綺麗に生きるって素晴らしいけど苦しい。

僕は子供のころから思っていた事がある。

絶対に芯は曲げないし自己中な大人になんて絶対にならない。

その夢を見て中学の時にいじめにあって父親の注文にこたえずに殴られてもその苦しみで何が得られるのか分からずに神様を恨んだ。

手を貸してくれる人に囲まれて裏では心配されたり好意を抱いてくれる人もいたみたいだけど当時は何もが見えなかった。

これだけ必死に生きているのに。

僕は人生を精いっぱいに生きた。

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痛みを共にする人間とシンパシーを感じることがあったり、世の中捨てたもんじゃないなと。

その時は娯楽が何よりも感受性豊かに楽しめた。

そして僕はその素晴らしさを捨てた。

なんて楽な世界なのだろう。

この世の苦しみなんて見なければいい。

相手が苦しんでいるのを見たって何も感じないし、自分に対して相手が悲しんでも何も感じない。

何がそんなに悲しいのだ?

世の中なんてしょせん妄想でその人個人の世界しか見えていないのだよ。

だから僕に対して悲しまなくてもいいんだ。

僕は何も感じていない。

周りからどんどん人が離れて最後に残ったただの同級生は精神が病んでしまった。

こっちの世界は楽なのに。

そんな彼女の事なんて僕はどうなろうが知らなかった。

僕さえよければ他がどうなろうがね。

そして時間がたって退屈しているのに体が動かせなくなった。

動いて何をするのだ?

僕にはもう何もなかった。

相手を思いやることなんてなかったし、寧ろ自分が楽する為には僕の中で存在しないものとした。

周囲を見れば人間関係が荒れ果てている。

気づかないうちに僕がその種を撒いていたのかもしれない。

まず、家族から修復した。

親と仲直りして会話をして興味も持つようになった。

兄弟には兄として威張るのではなく、大切な一人一人の人間として思いやりをもった。

すると今まで見てこなかった人の痛みが分かるようになった。

そういえば同級生はどうなっているのだろう。

今すぐにでも駆けつけたい。

頼むから間に合ってくれ。

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