読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひとりでも割と平気で生きている

一人で出来る事を追求しています。映画や小説など新しい何かに触れて新鮮さを大事にしてます。アマゾンアソシエイト参加してます。

お風呂で過ごす時間が殆どの生活。

僕は風呂が大好きなのかもしれない。
自宅にいる半分くらいは浴槽に使っている。
流石に長い事いると湯が冷めてくるし、その都度追い焚きで温度調整をする。
のぼせないように節約も兼ねて半身浴にしている。
ただ、足がふやふやになっておかしくなってはしまわないだろうかとそれだけが心配だ。
事実、上がった時はしわしわでないときはないが今の所大丈夫らしい。
因みに熱湯で長湯し過ぎたときに、足の指がパンパンになったのはやり過ぎかと思った。

風呂で生活するとか変態か?
と思われるかもしれないが、寝る以外の事は大抵風呂場で出来る。
便が湯の上にプカプカさせて遊んだりなんかはしないし、dvdプレイヤーは時々水蒸気で故障仕掛けるのでやめた。
基本的に風呂の蓋を敷いてそれを机代わりに、本を読んだりネットサーフィンしたりする。
何故そんな生活をしているのかと言うと、自然に見に付いてしまった習慣なのだろう。
嫌な事があれば風呂に入れば不思議とネガティブな事を考えない。
風呂にいると頭の中がフワフワして、いい意味で空っぽのまま物事に取り組める。
飲み水と、持ち込み物が汚れないようにタオルをスタンバイすれば後は俺の生活が始まる。
これ以上眠くていられないと思ったり、のぼせてきそうなタイミングで上がることになる。
上がる直前は「上がったら寒いだろうな。」とか「タオルで体ふくのだるいよな。」なんて葛藤が始まるので出ようにも出られない。
これ以上居座ったら命が持たないと悟ったときに初めて本能的に上がるのだ。
冬の間は最悪だ。
カセットコンロがあれば冷えた体を癒してくれるのにと思ったのはほんの数十回どころではない。
物心ついた時から自宅にあるエアコンでは、スイッチを入れてからが遅すぎる。
ヴゥィィーンと鈍い音を発しながら殺気立って体を温めてくれるのを待つ時間はとても腹立たしい。
完全に平和ボケしているが世の中は便利になったものだ。
暖房機器どころか風呂さえも存在せずに嫌々でも変な風習に従わなければならない所だってあるでしょうに。
こんな考えを持ったのは僕が何か文句を言うたびにアフリカの日本とかけ離れすぎている人たちを引き合いに出してきた親の影響である。
普段先進国らしく先端の技術に触れながら申し訳ないと思いながら毎日を生きろとでも?
はた迷惑な話なのだ。
申し訳なさ過ぎて世捨て人になる。
もし、僕が家出をしようものならその親の言葉を引き合いに出して、「浮浪者になって貧しい人の気持ちを理解しに行ってくる」とでも言うかもしれない。
話がそれたけれど、限界まで睡魔とのぼせに耐えきった体はベッドまで直行して心地よく眠りにつくことができる。
僕にとって風呂とは切っても切り離せない存在となっている。