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ひとりでも割と平気で生きている

一人で出来る事を追求しています。映画や小説など新しい何かに触れて新鮮さを大事にしてます。アマゾンアソシエイト参加してます。

自由とは終わりのないモヤモヤの連続である。

俺はパソコンの前でキーボードを打ち付けながら何やらもやもやするこの変な感覚を打ち消そうとしていた。

ラジオを垂れ流しにしながら一人の時間を耐える。

何か気を抜けば流れ出してしまいそうなのを必死に抑えてこの先に見えないなにかを予測でもしてこの今から逃げようとしている。

外のみんなは決められたルールに従い各自学校や職場へ足を運ぶ事に精いっぱいだから考えないで決められた消化作業さえこなしていればいい。

僕は何なのだ?

どこにも属していないハブられものじゃないか。

人と人をつなぐ線があるとするなら僕は僕という小さな円でしかないのでどこにも動けない。

一般的には一人から幾つも線が伸びてそこからさらに伸びて最終的には天文学的な複雑さになる。

自由を持っている僕は煩わしい人間関係に嘆いているであろう周囲の人間に対して何か特別感を持っていた。

なぜそんなものにしがみついているのか理解できなかった。

しかし、小さな円の中の自分とは井の中の蛙大海を知らずと何が違うのだろうか?

自分もまた自分という物にしがみついている。

それもとても小さい物に。

こんなに自暴自棄になってしまってはなんだか自尊がなくて苦しいじゃないか。

だから言わせてもらう。

僕は井の中で持て余した時間をもやもやに費やしている間に、他の多くの人間は波に流されてあっち行ったりこっち行ったり忙しすぎて何もかも整理がつかなくなって情報の取捨選択に不自由しているのではないか。

僕は井の中の蛙ではあってもそれは例えで実際は人間だからやれることは沢山ありすぎる。

マンガ読んだり映画見たり小説や少し背伸びをして難しそうな本を手に取ったりするのだ。

美術館や博物館にでも行けるし、さらに言うならお金さえあれば出来ないことは何もない。

勿論、大勢の人間だってマンガ読んだり僕がやることなんて何でもできる。

けど好きな時に好きなものを選択できる点においてはこちらに軍配が上がる。

何かしたくてもその一瞬を大事にできずに冷めてしまったなんてよくあることだ。

だから唯一のこのメリットを最大限に生かすべく、後悔をしない為に思いついたらできれば何でもやってしまう。

そうやって僕は時間つぶしと自尊心を保つためにこのモヤモヤの世界に縛られている。