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ひとりでも割と平気で生きている

一人で出来る事を追求しています。映画や小説など新しい何かに触れて新鮮さを大事にしてます。アマゾンアソシエイト参加してます。

死にたいって思っても殆どの人はどうせ死なないで生きているのだから考えるだけ無駄。

思想

俺は死にたいと一万回くらい思ったことがあるし、口にした回数でいえば他の単語の中でも群を抜いて口ずさんでいる。

起きて何となく「あー、死にたい」

なんで死にたいのか考察するだけ無駄である。

ただなんとなくお腹すいたとか眠いとかと同じで何となく死にたくなるのだからしょうがない。

死にたいといいながら死に直面したら全力で回避する自信がある。

なんで死にたいのに死なないのか、これもまた考察不要である。

本能ですから。

俺はどうせ死なないでしぶとくこれから何十年と生き続けるのだと悟ったときに、「あー、死にたい」とまた言葉にする。

思っても無駄なのでさっさと体動かしたり娯楽で楽しくもないのに楽しいふりをしてみたりする。

檻の中に監禁しているピーちゃんを見て、「お前はピヨピヨしてるだけでいいから楽だよな。」

かという俺は家の中でゴロゴロしてるし、ピーちゃんはピーちゃんで「出ァぁせやゴルァあああああああああ(# ゚Д゚)」

と笑顔でニコニコしてる目の前の巨人に殺気立って自由を訴えているのかもしれない。

他人からしたらその程度にしか感じられないのだ。

死にたいと思いながらもそばに死にたいと思う人間がいたところで俺はきっと洋ドラマの続きが気になってしょうがないだろう。

死にたい人間には興味ない俺だし、死にたい人間からしたらプリズンブレイクのシーズン5が開始される事なんてどうでもいいかもしれない。

なんだか今日は天気がいいな。

どうせ出かけないのだけど。

そういえばこの一瞬は死にたいことが頭から離れた、死にたい。