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より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

オナ禁による性欲を抑える方法を発見した。

オナ禁をしているストイックな皆さんはムラムラや寂しさに苦しんでいるであろう事をお察しする。

筆者もこのムラムラと寂しさに苦しんでいた。

それを解消する方法は抜くしかないのだろうか?

今それを考えている人に言っておきたい。

やめておけ。

やったら遅い。

あとから押し寄せてくる収ま らないムラムラと罪悪感に後悔するはずだ。

思うのだが、ムラムラはなぜ起こるのかと言えば、寂しさからだろうと考えている。

人間は誰だって何かと繋がっていたい。

一見そうは思えない人間だって物に魂を込めて一体となっている場合が殆どだろう。

セックスはともかくオナニーは妄想という虚像を相手に誰かと繫がっているのを本人は実感するのかもしれない。

そこにあるのは自分は一人ではないという寂しさだ。

セックスと違い、オナニーによって罪悪感が強いのはそれによって自分は繋がりを得るどころかより強い孤独を感じるからだろう。

 

では、人間は寂しさからは逃れられないのだろうか?

 

一度考えてみてほしい。

守られている立場の幼い子供は寂しい思いは親や周囲の味方についてる大人達という立場によって解消される。

その頃の子供には性欲というものが感じられない。

しかし、第二次成長期につれて精神の自立が始まり自ら守っている人間を払拭すると同時に性に目覚める。

その頃から精神の不安定が現れ、自慰行為に走る人間が急激に増える。

守られる存在を失い、寂しさを解消する代償に手っ取り早い自慰行為に走る。

だが、簡単に得られる快楽にはそれなりのリスクは付き物である。

薬物同様に溺れる人間も少なくない。

 

俺にとってその時期は修行だと思っている。

精神の成長はそう簡単にはいかない。

苦しみの連続に感じるかもしれないが、それをいかにして昇華するかだと思っている。

 

じゃあどうやって昇華すればいいのさ?

少年時代苦しみ続けた挙句、答えは簡単な話だった。

我慢しなくていいんだ。

その苦しみに耐えられなければ泣けばいい。

泣きたいことがあるから泣くのではないのだ。

泣くという人間特有の行為には大きい孤立感から開放される為に存在する大切な仕組みなのだ。

ジョジョの奇妙な冒険」という漫画にはエシディシと言う屈強な敵がいるのだが、一見荒々しい性格で、ジョジョはそいつを激高させる。

と思いきやエシディシは急に号泣し始める。

このシーンは非常にシュール。

それによって冷静さを保つエシディシによる手段だったのだが、プライドを気にせずに取った合理的な判断は見事である。

泣いてみるとわかるのだが、今まで何に囚われていたのか忘れてしまうほど頭はスッキリ浄化させられる。

今の所これ以上の手段はないのではないだろうかと思っている。

泣く効果はその一瞬だけでなく、持続する。

何故だが心に安心感が得られ、小さな事で動じないようになる。

また、不思議な事に他人に対して気持ちを読み取れる様になり結果的に思いやりをも持ててしまう。

泣く行為にはデメリットがないから意図的に泣ける作品に触れて泣いてみたりすると今までの世界が今よりもずっと明るく感じられると思う。

特に動物モノなんていいかもしれない。

人間のような巧妙な計算は働かずに純粋なのだ。

そこに汚れは入るスキもない。