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ひとりでも割と平気で生きている

一人で出来る事を追求しています。映画や小説など新しい何かに触れて新鮮さを大事にしてます。アマゾンアソシエイト参加してます。

どうせダメだと思う時間があるなら何かやるべきだ

人は悩む生き物である。
ふとした時にボーッと時間を何にもなく過ごそうものなら次々とネガティブな感情が沸き起こってくる。
将来への不安や最近の嫌な事やどうにもならない実態のない何かやらきりがない。

それが楽しい記憶だったり、思い出して笑いだしてしまいそうな祝福感だったりするならぜひその幸せを味わうべきだとは思う。
その幸せな時間は無駄ではない。

だけど、ボーッとしてる間に何かが進んだって覚えは今の所身に覚えがない。

そりゃあ人間だって休みたいときくらいはあるだろう。
その時は休んでいい。

ここで問題視するのは特にボーッとする必要がない場合だ。
何かする事もなくてその時間を楽しむわけでなく、世の中の不満を探すがごとくじっと悲壮感を深めるのだ。

その悲壮感を広げる代わりに出来ることはあるはずだ。

トイレ掃除でもいいし読書でも映画でも、集中できなくても何となく勉強になりそうなものに目を通すなど。

例えばトイレ掃除だけど、昔の日本人はそういった
普段のちょっとした行動を大事にしていた。
別にトイレに思い入れがある訳ではなくてそれが皿洗いでも何でもいい。
意識を物に移して物と意識を一体化させている間は心が満たされている。
そう感じる様になれば何気なく過ごしてた生活が豊かになるのではないでしょうか?

自分に意識が向くのは避けた方がいいかもしれない。
その中に入ってる物は覗いても実態が存在しないからである。
そこに何かあると考えた所で悩み狂ってしまう。

ネガティブな考えがよぎるなら体を動かそう。
行動が心になる。

良い事をすれば心は洗われ、悪気がなくとも悪いことをすれば心は汚れる。

悩んでも沼にハマるだけ。
動かなければ何も変わらない。

いきなり高みに立てる人なんていない。
小さい積み重ねを大事にして時間をかければその内大きく成長する事ができる。