より良く生きる

オナ禁など禁欲生活をしています。事の本質を見極めてどうすれば人は心地よくいられるのかそんな事を考えてます。

引きこもり一年して気づいた事

どうも最近頭が冴えない、もしやこれは認知症なのでは?
そう思いブログを始めるに至ったわけです。

引きこもり生活を続けているとなんだろう、ジワジワと諦めというかあれだけ抵抗があった生活に疑問を感じなくなってしまう。

どうにかして外に出ようとあれこれ考え苦悩の道を経て悟り、遂には開き直ってしまう。

諦めが肝心。



じゃなくて何もしなければそのレベルに落ち着いてしまう訳です。

自分はこうなるとは思わなかった数年前が懐かしい。

友人は見切りをつけて消え去りスッキリ自分を動かす者はいなくなりました。

なんだか悲しいですね。

そうなってしまうと世の中から自分が切り離されていくような恐怖を覚えるようになります。

引きこもりが外に出るのが怖いと聞きますがあの感覚が何となく分かるようになりました。

集団から切り離される痛みは本能的なのでしょうかね。

そうしてネットにのめり込んでゆくともうそこの住人と成り果ててしまう訳です。

それでも何処か外への希望を断てなかった自分は読書だけは続けるという謎のルールを作りました。

刺激がなくなると頭が腐ってしまうのではないかと必死に毎日続けました。



それが功をなしたのか人と唐突に出会う機会があったときに少し自身にもつながり前よりも自己主張出来るようになったと思います。
本は本当に偉大だと思います。

特に大きな成功とは呼べませんが元々人が苦手な自分にとっては大きな一歩でした。

いざという時に何か自分にあるっていう感覚を大切にしたいですね。

それでも本に頼らず生身の人間が恋しくなるものです。
何処かで縁を保って置かなければよっぽどでなければ潰れる経験をするのではないかと思います。
愛って大事ですよ。
常に刺激がないと人間だめになると思います。

なので少しづつでも外との付き合いを広げられたらと努力をするようにしたい。
小さい種を撒き続けたらいつか実ることを信じて生きてます。

慣れてくるとこういう生き方も悪くもないかもしれません。
どんな形であれ幸せを感じれればそれでいい。
引きこもりながらも葛藤を繰り返し、必死に生きてます。

自己満足でもいいので何かしらの努力を続けると色んな気づきがありました。
引きこもると色々と考えます。
いろんな意味で寛大になったと思いました。