何かを選ぶより、捨てる方が何倍も重要

究極の掃除とは「捨てる」事だ。

 

綺麗な部屋を作りたいなら徹底的に捨てると良い。

 

何も置かれてない部屋に汚いと感じる人はいないだろう。

 

現代は物で溢れすぎている。

 

ふと油断すれば圧倒言う間にゴミで溢れてしまう。

 

本人はそれを重要なものと考えてるかもしれない。

 

ゴミ屋敷の主は言うだろう「これはゴミじゃない!」

 

そんなの知らないのだ。

 

汚い。

 

物があれば汚いのだ。

 

捨てろ!

 

なにも見えないじゃないか!

 

どこに何があるのか、何をしたいのか、何もかも分からなくなる。

 

部屋が散らかれば頭の中もごちゃごちゃする。

 

片してもゴミはゴミだからいつか溢れ出す。

 

やる事は一つ。

 

使う物を残して全て捨てよう。

 

やりたいことが分かってくる。

 

捨てれば新しい入れるスペースが出来る。

 

そこを埋めなくてもいい。

 

何もない、があるだけで思考にゆとりが持てる。

 

無意識に頭をごちゃごちゃにしようとしてる人もいるかもしれないが、前進し続けたいなら現実を直視するために今すぐビニール袋を広げて部屋の隅々まで綺麗にしてみよう。

 

鑑別での生活の話をする。(実体験)

僕はとある事故で鑑別に入った事がある。

 

鑑別とは事故や事件を起こした未成年の少年がその後の進路を決めるまで一時的(二週間から一か月?)に収容される施設の事だ。

 

そこでの生活ではそれぞれに固執が与えられ、そして時間ごとに規則正しい生活が求められる。

 

とはいえ殆ど自由時間(個室の中で)だった気がする。

 

運動は一日に30分ほどあったかな。(その時だけ個室から出て体育館や庭に出られる)

 

その他、本の貸し出しを数冊出来て、個室にちょっとだけおいてある本を読むこともできる。

 

基本的にやる事がなさ過ぎて、二度と入りたくないと辛い思いをする人が多いらしいが、読書家としてはここまで静かで安全で落ち着いて過ごせていいのだろうか?

 

と思ったほどである。

 

職員もいい人が多くて話に付き合ってくれたりする。

 

理解のある人に囲まれて幸せだった。

 

同じく鑑別に収容されてる人と関わりになる事はほとんどない。

 

姿を見るのは運動の時間だけである。

 

さすがに二度はいるような事になりたくはないが、そこまで悪くない場所だった。

 

寧ろ静かに読書が捗っていい所だ。

 

刑務所と比べるととても恵まれているだろう。

 

ただ、入りたいが為に非行に走るのはお勧めしない。

 

国は結構国民を守ってくれる。

 

色々と相談すればもっと明るい未来があるだろう。

 

何かに気を反らしながら何かやってる時が一番捗る。

ジブリ代表取締役である鈴木敏夫が言ってた事でもあるが、何か別の事を考えながらやってる時が一番捗るのだ。

 

物凄く怠惰に思われるかもしれないが、僕は何か気が向かない時はとりあえず外に出かける。

 

そして気が済むまで散歩したらまた作業に取り掛かるようにしているが、何日もずっとこもり切って作業に没頭する。

 

なんて出来ない。

 

夏休みの宿題を最終の数日で必死に終わらせる事はあるがそこまで追い込まれる事はそんなにない。

 

常に時間刻みでスケジュールが埋まって、それを管理するマネージャーがいるならどうなるかもわからないが嫌気がさした時に潰れると思う。

 

フリーランスとして一日の仕事が5時間だとしたらその他の時間は仕事のに役立つ情報を兼ねて読書や映画、ブログよんだりダラダラ昼寝したり、怠けにおいても計画的にしている。

 

それを、仕事10時間と断固決めつけて椅子に縛り付けてストイックになってしまえば恐らく気絶してでも現実を拒絶する。

 

そして作業効率が逆に落ちてしまう。

 

ふと思いつきで書いてるこのブログだってお金になってないが、経験値として意味があってやってる。

 

他の仕事してた方がお金になるのだけどこうやって意味のある気晴らしがしたくなる。

 

やりたいことをやるだけやっても生活できなければやりたいことすらできないのでお金になる仕事もしなければならないが、この息抜きの時間があるからこそ仕事も楽しんでやってられる。

 

 

知識や経験を詰め込むと、悩みや本能が抑えられる。

何もしたくないなって時、最近の僕はすぐに横になるけど睡魔が降りてこないのでなにかとダラダラしてしまうと悪しき習慣に気付きました。

 

普段から時間を無駄にしないと心掛けた行動してるのですが、定期的になんか横になりたいって欲が沸いてきます。

 

横になった時点で負けなんですよね。

 

やる気スイッチとかあったらいいなって思うんですけど実際にそういったやる気というのは錯覚であり、存在しないそうです。

 

やってる自分とやらない自分がいて、やらない自分に染まってしまったら下手すると永久的にダレるのも可能かもしれません。

 

ダレる自分が一度習慣として出来てしまったらそれを塗り替えねばなりません。

 

考えてもダレる口実にしかならないので行動による新しい情報を常にインプットするしかないみたいです。

 

行動をやめたとたんに食欲や眠気など、ドカッと襲いかかってくるので常に目的と行動をはっきりさせとくと良いみたい。

 

目標は達成すると目標がなくなってしまうので、常に目標を更新し続けて絶対に届かず、届きそう。

 

そんなラインをキープし続けると安定して行動の動力源となります。

 

生活に付け入るスキがあればあるほど生活リズムが崩壊していき、ダルさんになってしまうので常に生産的な行動を意識しましょう。

 

問答無用の優しさは人を付け上がらせる。

優しい人って報われない人が多いと思うのですが、優しい人を自覚する人は恐らくそれを自覚しているのではないかと思います。

 

自分は間違った事をしていないのになぜ?

 

これは優しい人の課題になりますが、正解から言うと「間違ってない100%確実な行動は存在しない。」となります(矛盾してますが)。

 

なので行動とは今までの経験や知識に照らし合わせて最も、優位を取れる選択を取っています。

 

優しい人が人に優しくするのは揉め事や面倒事を嫌うからでしょう。

 

それは後後になって更にややこしくなったり、お互いに気を使って逆に居心地が悪くなったりとケースバイケース悪い方向へ行くことも、どんな人間でも完璧にはなれません。

 

もしも優しさによって悩む人がいるなら優しさを一度捨ててしまえばいいだけです。

 

傍若無人であっても全員、世の全ての人間から嫌われるのは全ての人間に好かれるに等しく難しいです。

 

人に好かれようとすればその好意に応える人がいれば利用していいように扱われる都合のいいだけの人間としてぞんざいに扱う人もいるでしょう。

 

類は友を呼び、その周りには自分と同じ志を持った人間が集まります。

 

優しい人には優しい人が集まり、平和が訪れる事は決してありません。

 

優しい人よりもっと優しい人がいれば、「なんか言ったらどうなんだ?」と不信感を抱くかもしれません。

 

志のない優しさを持つくらいなら嫌われてでも自分の主張をしようと僕は思います。

 

好奇心のない人間ほどつまらないものはない。

面白い人と面白くない人の差とは何だろうか?

 

自慢ではないが僕の周りには面白くない人で囲まれているので彼らの実態をより深く観察できるのだ。

 

ではつまらない人間の特徴とは

 

よく使う口癖

 

へー

 

あっそ

 

知らん

 

良かったね

 

僕がどれだけ面白そうな話を拾ってきても彼らに耳は付いてない。

 

例えどう切り出そうが自分の知らない話となればそっぽを向いて毒見するまでもなく一言捨て台詞を吐いて無残にもテンションを殺された僕が不完全燃焼のまま放置されるのだ。

 

そんな彼らはいったい何が楽しくて生きているのだろう?

 

彼らが笑顔になるタイミングと言うのは決まって彼ら自身の気分によって決まる。

 

それは近寄ってくるときの表情で一瞬で理解する。

 

「なにか面白い事があったのだな」

 

これは先ほど言った私の面白体験を話そうとする時と同じテンションである。

 

人の話は容赦なく切り捨てる彼らであるが、自分の話だけは特別なようだ。

 

そんな彼らの話を興味深いと聞いてしまう好奇心旺盛な僕も優しすぎるのかもしれない。

 

ここは兄の威厳を保つべく「お前の話なんか聞きたくないんじゃああああああ!」

 

と一括しておきたいものだが、日ごろからの人格が飛び出してしまう始末である。

 

口から反射的に飛び出すのは「なんだ?」の一言である。

 

こうして僕は断るタイミングを逃してしまうのだ。

 

「この野郎ぉおおお俺の話を聞かない癖によおおおおおお!」

 

そんな兄である僕は新しい情報には何でも飛びついて満足してしまう。

 

「俺はこの家を出る!」

 

そう誓ったヒロキである。

 

ちいたんというぶっ飛んだゆるくないゆるきゃらがとにかくぶっ飛んでる件。

僕はとんでもない物を見てしまったのかもしれない。

 

これはしゃべる妖精着ぐるみふなっしー以来の衝撃を受けた。

 

ゆるキャラと言えば公式的にはくまモンせんとくんと言ったチープでかわいらしいキャラクターが有名だ。

 

ゆるい印象のキャラクターの中にはくまモンのように億を軽く超える裏ではガメツイ大金が動いている事実がある。

 

これはビッグビジネスになるとゆるキャラは爆発的に増えていたのだがゆるキャラの世界も甘くないのである。

 

売れないゆるきゃらはただの着ぐるみだから用なしだとリストラされるようになった現代で今年にとんでもない新人が登場した。


危険なゆるキャラ ちぃたん

 

 

 

お分かりいただけたであろうか?

 

ゆるきゃらの世界もしのぎを削ったシビアな世界なのだろう。

 

ちいたんに狂気を感じるのは僕だけだろうか?

 

気のせいか見開いた瞳も光が宿ってないように思える。

 

立ち上がれなくなったサンドバッグにまたがり、手に持った凶器を振りかざしながら彼は内心で何を思い浮かべているのであろうか?

 

動画にかける精神は自らの怪我を顧みない破天荒な動き。

 

自他共に分かる一寸先は闇である。

 

そこまでして彼は何のために体を張るのであろう?

 

これは社会で生きる社会人に共感を呼び込むとでもいうのか?

 

事実多くの人に注目を浴びるちぃたん。

 

今後も彼の活躍に注目していこうと思う。(忘れてなければ)